相転移と超伝導の世界

相転移の物理:秩序変数と対称性の破れから理解する超伝導

Tags: 相転移, 超伝導, 秩序変数, 対称性の破れ, 材料物性, 固体物理学

はじめに:相転移という普遍的な現象

私たちの身の回りには、物質の状態が劇的に変化する様々な現象が見られます。例えば、水を熱すると沸騰して水蒸気になり、冷やすと凍って氷になります。これらの現象は「相転移」と呼ばれ、温度や圧力といった外部条件の変化に応じて、物質が持つ巨視的な性質(相)が別の相へと変化するプロセスです。相転移は、固体、液体、気体といった familiar な相の変化だけでなく、磁性体における常磁性から強磁性への転移、誘電体における常誘電から強誘電への転移、そして本稿で詳しく解説する超伝導状態への転移など、非常に多岐にわたる現象に見られます。

これらの多様な相転移現象は、一見全く異なる物理系で起こっているように見えますが、その背後には共通する普遍的な物理原理が存在します。本稿では、その中でも特に重要な概念である「秩序変数(Order Parameter)」と「対称性の破れ(Symmetry Breaking)」に焦点を当て、相転移現象の普遍的な理解を深めるとともに、超伝導現象をこの枠組みでどのように捉えることができるのかを解説します。相転移の基礎理論を理解することは、超伝導のみならず、磁性や誘電性といった他の重要な材料物性における相転移現象を理解する上でも非常に有用であり、新しい機能性材料の開発に向けた示唆を与えてくれるでしょう。

相と相転移の基礎:巨視的状態の記述

物質は、その温度や圧力といった熱力学的な状態によって、様々な「相」をとります。相とは、化学組成が均一で、物理的な状態(密度、結晶構造、磁化など)が一様である巨視的な状態を指します。例えば、水は温度によって氷(固体)、水(液体)、水蒸気(気体)という異なる相をとります。

相転移は、これらの相が、特定の熱力学的な条件(転移温度、転移圧力など)で、別の相へと変化する現象です。熱力学的には、相転移はギブスの自由エネルギーといった熱力学ポテンシャルが非解析的になる点(特異点)で起こると記述されます。

相転移は、その熱力学的な性質から大きく二つの種類に分けられます。

超伝導転移は二次相転移に分類されます。常伝導状態から超伝導状態への変化は、特定の温度(臨界温度 $T_c$)で連続的に起こり、潜熱を伴わないことが実験的に知られています。

秩序変数:相の違いを定量的に捉える

相転移を理解する上で最も強力な概念の一つが「秩序変数」です。秩序変数とは、異なる相間でその値が質的に変化する、物質の巨視的な状態を表す物理量です。通常、高温または高エネルギー側の無秩序な相でゼロとなり、低温または低エネルギー側の秩序だった相で非ゼロの値をとります。秩序変数は、相転移が起こる際にゼロから非ゼロへと変化することで、相の違いを定量的に示します。

いくつかの例を挙げます。

では、超伝導における秩序変数は何でしょうか。超伝導状態の本質は、電子が互いに引き合い、「クーパー対」と呼ばれるペアを形成し、このクーパー対全体が量子力学的なコヒーレンス(揃った波動関数)を持つことにあります。このクーパー対の波動関数 $\Psi(\mathbf{r})$ は、超伝導状態を記述する上で中心的な役割を果たします。ランダウ-ギンツブルグ理論では、このクーパー対の波動関数 $\Psi(\mathbf{r})$ が超伝導における秩序変数として導入されます。

$$\Psi(\mathbf{r}) = |\Psi(\mathbf{r})| e^{i\phi(\mathbf{r})}$$

ここで $|\Psi(\mathbf{r})|$ はクーパー対の空間的な密度、$\phi(\mathbf{r})$ はクーパー対全体の位相を表します。常伝導状態ではクーパー対は存在しないため、秩序変数 $\Psi(\mathbf{r})$ はゼロです。しかし、超伝導転移温度 $T_c$ 以下では、クーパー対が形成され、巨視的な波動関数 $\Psi(\mathbf{r})$ が非ゼロの値をとります。したがって、超伝導における秩序変数はクーパー対の巨視的波動関数であると言えます。秩序変数が非ゼロになることで、電気抵抗ゼロや完全反磁性(マイスナー効果)といった超伝導特有の性質が発現します。

対称性の破れ:相転移のより深い理解

相転移現象を特徴づけるもう一つの重要な概念が「対称性の破れ」です。一般的に、高温または高エネルギー側の相は、低温または低エネルギー側の相よりも高い対称性を持っています。相転移が起こると、系はより低いエネルギー状態に落ち着こうとし、その過程で高い対称性の一部が失われます。これを対称性の破れと呼びます。

物理系が持つ対称性とは、ある変換(回転、並進、鏡映、時間反転など)を行っても、系の物理法則やエネルギーが変化しない性質を指します。例えば、液体はどの方向を見ても同じ性質を持つため、回転対称性を持っています。一方、固体(結晶)は特定の方向にのみ原子が周期的に並んでいるため、連続的な回転対称性は持たず、結晶格子に対応した離散的な回転対称性のみを持ちます。液相から固相への転移では、連続的な回転対称性が離散的な対称性へと「破れる」と考えることができます。

強磁性転移を例に取ると、キュリー点以上の常磁性状態では、外部磁場がない場合、どの方向も等価であり、系のエネルギーは磁化の方向によらず一定です。つまり、回転対称性を持っています。しかし、キュリー点以下では、系は特定の方向に自発磁化を持ちます。この自発磁化の方向はいくつか可能な方向の中から一つが選ばれます。これにより、系はもはやどの方向も等価ではなくなり、常磁性状態が持っていた回転対称性が「破れる」ことになります。

超伝導状態における対称性の破れは、より抽象的な「ゲージ対称性」の破れとして理解されます。量子力学において、波動関数の位相に空間的・時間的に変化するゲージ変換($\Psi(\mathbf{r}) \rightarrow \Psi(\mathbf{r}) e^{i\chi(\mathbf{r})}$)を施しても、物理的な結果(例えば確率密度 $| \Psi |^2$ や電流密度)は変化しないという性質をゲージ対称性と言います。電磁場が存在する場合、この対称性を保つためには電磁ポテンシャルも特定の変換(ゲージ変換)を受ける必要があります。

常伝導状態では、電子一つ一つの波動関数は局所的なゲージ変換に対して独立です。しかし、超伝導状態では、クーパー対の波動関数 $\Psi(\mathbf{r})$ が巨視的なコヒーレンスを持ちます。つまり、空間的に離れた場所のクーパー対の間にも位相の相関が存在します。この超伝導秩序変数 $\Psi(\mathbf{r})$ が非ゼロの値をとることで、系はもはや任意の局所的なゲージ変換に対して不変ではなくなります。これを「ゲージ対称性の破れ」と呼びます。

ゲージ対称性が破れることの物理的な帰結の一つが、超伝導体内部への磁場の侵入が排除されるマイスナー効果です。ゲージ対称性の破れは、電磁場が質量を持つかのように振る舞う「ヒッグス機構」と関連しており、これは素粒子物理学における質量獲得機構とも類似した深い概念です。

材料科学への示唆:相転移制御と材料設計

秩序変数と対称性の破れという観点から相転移を理解することは、材料科学の研究開発において非常に重要です。

  1. 材料の機能発現機構の理解: 多くの機能性材料(強磁性体、強誘電体、超伝導体など)の特性は、ある相から別の相への転移、あるいは特定の秩序相の存在に由来します。秩序変数がどのように発現し、対称性がどのように破れるのかを理解することは、その材料の物理的な性質(磁化率、誘電率、電気抵抗など)がどのように決まるのかを理解する上で不可欠です。
  2. 相転移点の制御: 材料の性能は相転移温度 $T_c$(キュリー温度、超伝導臨界温度など)に大きく依存します。組成の調整、不純物のドーピング、結晶構造の制御、外部圧力や歪みの印加といった材料設計のアプローチは、秩序変数の発現や対称性の破れが起こる条件を変化させることで、相転移点を制御し、所望の動作温度範囲を実現するために行われます。例えば、高温超伝導体における臨界温度の向上は、いかに高い温度でクーパー対を安定に形成させ、秩序変数を非ゼロに保つかという課題に直結しています。
  3. 新しい機能の探索: 複数の秩序変数が競合または共存する材料系(マルチフェロイック物質など)では、磁気秩序と誘電秩序、あるいは超伝導秩序とスピン秩序などが互いに影響し合い、新しい機能(例:磁場による誘電率制御)が発現することがあります。このような複雑な材料系における相転移現象を理解し、制御するためには、各秩序変数とそれに対応する対称性の破れを詳細に解析することが必要です。
  4. 量子コンピューティング材料: トポロジカル超伝導体のような新しい超伝導材料は、従来の秩序変数(クーパー対密度)だけでなく、トポロジカルな秩序(トポロジカル不変量)を持つと考えられています。このような「トポロジカル相」における相転移や対称性の破れは、量子コンピューティングの基盤となる量子ビットの安定性に関わるため、最新の研究分野として活発に研究されています。

相転移の普遍的な概念は、超伝導体だけでなく、磁性材料、誘電材料、熱電材料など、様々な機能性材料の研究開発において共通の指針となります。異なる材料系で観測される相転移現象を、秩序変数や対称性の破れという共通言語で捉え直すことは、分野横断的な知見を獲得し、新しい材料設計のアイデアを生み出す上で非常に有効です。

最新研究動向との関連

近年、超伝導研究においては、強相関電子系における非従来型超伝導、トポロジカル物質における超伝導、そして高圧下での超伝導といった分野が活発に進展しています。これらの分野においても、秩序変数や対称性の破れという概念は、現象の記述や理解の基礎となっています。

例えば、非従来型超伝導体では、クーパー対が単なるスピン一重項s波対称性を持つだけでなく、d波やp波といった異なる対称性を持つことが知られています。これは、クーパー対の波動関数という秩序変数が、結晶格子や電子のスピン構造といった系の対称性に応じて異なる形態をとることを意味します。

また、トポロジカル超伝導体では、バルク(内部)では超伝導秩序が存在し秩序変数は非ゼロですが、表面やエッジに通常の超伝導体とは異なる性質を持つ励起(マヨラナ粒子など)が現れます。これは、秩序変数や対称性の破れというローカルな概念だけでは記述しきれない、系全体の幾何学的な性質(トポロジー)が重要になる例であり、相転移研究が新たな地平(トポロジカル相転移)を迎えていることを示しています。

高圧下での超伝導研究は、物質の構造や電子状態が圧力によって劇的に変化し、新しい相が出現する典型的な例です。圧力という外部パラメータによって、秩序変数の種類や相転移温度がどのように変化するのかを調べることは、新しい超伝導材料の探索に繋がります。

まとめと展望

本稿では、相転移現象を理解するための普遍的な概念である秩序変数と対称性の破れに焦点を当て、特に超伝導現象をこの枠組みで捉え直しました。超伝導状態は、クーパー対の巨視的な波動関数が非ゼロになる(秩序変数の発現)、すなわちゲージ対称性が破れることで特徴づけられる二次相転移です。

秩序変数と対称性の破れという概念は、超伝導だけでなく、磁性や誘電性など、様々な材料物性における相転移現象を理解するための強力なツールです。これらの概念を深く理解し、様々な材料系に応用することで、材料の機能発現機構の解明、相転移点の制御、そして新しい機能性材料の設計に向けた重要な知見を得ることができます。

材料科学の研究開発に携わる皆様にとって、相転移の普遍的な物理を学ぶことは、自身の専門分野における現象をより深く理解し、未解決の課題に挑戦するための新たな視点を提供してくれるはずです。本稿が、相転移と超伝導の魅力的な世界への理解を深め、皆様の研究活動に新たなインスピレーションを与える一助となれば幸いです。