相転移と超伝導の世界

量子臨界性とその近傍で発現する非従来型超伝導:基礎原理から材料探索へ

Tags: 量子相転移, 量子臨界性, 超伝導, 非従来型超伝導, 材料科学, 物性物理, 強相関電子系, 材料開発

はじめに

物質の性質は、温度や圧力、磁場などの外部パラメータによって劇的に変化することがあります。このような変化は「相転移」として知られており、固体、液体、気体といった日常的な相転移から、磁性体や超伝導体における秩序状態の変化まで、多岐にわたります。古典的な相転移は熱的な揺らぎによって引き起こされますが、絶対零度近傍という極低温領域では、熱揺らぎの影響が小さくなり、代わりに量子力学的な揺らぎが支配的になります。この量子揺らぎによって誘起される相転移は「量子相転移」と呼ばれ、物質の示す物性状態に深い影響を与えます。

特に、量子相転移が起こる臨界点(量子臨界点)の近傍では、通常の金属とは異なる振る舞い(非フェルミ液体状態)や、スピンや軌道の新しい秩序、そして非従来型の超伝導状態が現れることが知られています。これらの現象は、基礎物理学的に極めて興味深いだけでなく、新しい機能性材料や次世代デバイスの開発に向けた重要な研究対象となっています。本稿では、量子相転移の基礎概念を概観し、それが超伝導、特に非従来型超伝導とどのように関連しているのか、そして材料開発の観点からどのような示唆が得られるのかについて解説いたします。

量子相転移の基礎

古典的な相転移は、ギブス自由エネルギーなどの熱力学的なポテンシャルが、秩序パラメータ(例えば、磁化や超伝導ギャップなど、系の秩序の度合いを表す物理量)に対して複数の極小を持つようになり、熱的な揺らぎによって系がエネルギーの低い極小状態(秩序相)へ遷移することで起こります。相転移温度(または圧力、磁場など)では、秩序パラメータがゼロになります。

一方、量子相転移は絶対零度($T=0$ K)で起こる相転移です。温度がゼロであるため熱揺らぎは存在せず、相転移は系を制御する非熱的なパラメータ(例えば、組成、圧力、磁場、電場など)によって駆動される量子揺らぎの結果として生じます。制御パラメータを変化させることで、系はある量子的な基底状態から別の量子的な基底状態へと遷移します。このときの臨界点を「量子臨界点」と呼びます。

温度がゼロでない有限温度 $T>0$ の場合でも、量子臨界点近傍では量子的な性質が顕著に現れます。これは、量子揺らぎのエネルギーが熱エネルギー $k_B T$ と比較可能、あるいはそれ以上に大きくなるためです。量子臨界点に近づくにつれて量子揺らぎが強くなり、系全体にわたる長距離の量子的な相関が生じます。

古典相転移では、相転移点近傍で相関長が発散し、その振る舞いは臨界指数によって特徴づけられます。量子相転移においても、相関長や緩和時間などの物理量が量子臨界点においてべき乗則に従って発散する「量子臨界性」と呼ばれる現象が現れます。古典相転移における「動的臨界指数」が時間次元の役割を担うのに対し、量子相転移では実際の時間と相関時間の間に関係が生じ、有限温度の物性も量子臨界点からの「温度 $T$ 対 制御パラメータからの距離 $\delta$」で定義されるスケーリング関数で記述できる場合があります。

ランダウの現象論は古典相転移を記述する上で強力な枠組みを提供しますが、量子相転移においては、量子揺らぎが秩序パラメータの空間的・時間的な変動に強く影響するため、ランダウ理論の単純な拡張では記述しきれない複雑な現象が生じることがあります。特に、量子臨界点近傍で現れる非フェルミ液体的な振る舞いは、従来の金属理論であるフェルミ液体論では説明できません。電子間の強い相関が量子揺らぎと組み合わさることで、電子の有効質量が発散したり、散乱率が温度に対して線形に依存したりするなど、通常とは異なる輸送特性や熱力学的性質を示すことが観測されています。

量子臨界性と非従来型超伝導

量子臨界点近傍で発見される最も興味深い現象の一つが、非従来型超伝導の発現です。通常の(BCS型の)超伝導は、フォノン(格子振動)を介した電子間の引力相互作用によって電子がクーパーペアを形成し、このペアが凝縮することで生じます。BCS理論では、超伝導ギャップはフェルミ面全体で等方的であることが多いです。

しかし、量子臨界点近傍で発現する超伝導の多くは、フォノン以外の機構、例えばスピン揺らぎや電荷揺らぎ、あるいはより複雑な多体効果によって引き起こされると考えられています。これらの機構による超伝導は「非従来型超伝導」と呼ばれ、クーパーペアが通常のスピン一重項 s波対称性を持たず、d波、p波、f波などの異方的な対称性を持つことがあります。超伝導ギャップもフェルミ面上の位置によって大きさが異なったり、節(ギャップがゼロになる点や線)を持ったりします。

量子臨界点近傍で非従来型超伝導がしばしば観測される理由の一つは、量子臨界揺らぎがクーパーペア形成に必要な「糊(のり)」の役割を果たすという考え方です。例えば、反強磁性秩序の量子臨界点近傍では、強いスピン揺らぎが存在します。このスピン揺らぎが電子間の有効的な引力を生み出し、反強磁性スピン揺らぎに感受性の高い対称性(例えばd波対称性)を持つクーパーペアを形成させると考えられています。このように、量子臨界点近傍の量子的な揺らぎが、特定の対称性を持つ非従来型超伝導のペアリング相互作用を強化する可能性が示唆されています。

具体的な材料系とその研究事例

量子臨界性と非従来型超伝導の関係は、様々な物質系で実験的・理論的に精力的に研究されています。代表的な例として、以下のような物質クラスターが挙げられます。

これらの物質系における研究は、量子臨界性、強い電子相関、そして超伝導が複雑に絡み合った物理現象の理解を深める上で非常に重要です。実験的には、極低温・高磁場環境下での電気抵抗率、磁化、比熱、中性子散乱、光電子分光、走査型トンネル顕微鏡/分光(STM/S)などの手法を用いて、量子臨界点近傍の振る舞いや超伝導ギャップの構造などが調べられています。理論的には、場の理論、数値計算(例えば、動力学的平均場理論DMFT、繰り込み群など)を用いて、量子臨界現象や非従来型超伝導のメカニズムが解析されています。

材料開発への示唆と応用可能性

量子相転移や非従来型超伝導の研究は、新しい機能性材料の開発に重要な示唆を与えます。

  1. 新規超伝導材料探索: 量子臨界点近傍で超伝導が出現するという知見は、新しい超伝導材料を探索するための指針となります。例えば、磁気秩序や構造相転移を抑制するような組成や圧力条件を探索することで、未知の超伝導相を発見できる可能性があります。また、量子臨界性を利用したペアリング機構は、従来のフォノン機構とは異なるため、より高い転移温度を持つ超伝導体や、特定の物理特性(例えば、高い電流密度耐性や異方的な磁場応答)を持つ超伝導体の設計につながるかもしれません。
  2. 非フェルミ液体状態の利用: 量子臨界点近傍で現れる非フェルミ液体状態は、従来の金属では見られない特異な輸送特性や熱特性を示します。これらの異常な振る舞いを積極的に利用することで、新しい原理に基づく機能性デバイスを開発できる可能性も考えられます。
  3. トポロジカル物質との連携: 近年注目されているトポロジカル物質の中には、超伝導と組み合わせることで「トポロジカル超伝導体」となるものが提案されています。トポロジカル超伝導体は、マヨラナ粒子と呼ばれるエキゾチックな準粒子励起を持つと考えられており、量子コンピュータへの応用が期待されています。量子相転移の概念は、このようなトポロジカルな性質を持つ新しい物質状態を理解・探索する上でも重要な役割を果たす可能性があります。
  4. 材料設計への量子効果の取り込み: 量子相転移の研究を通じて、極低温・高磁場といった極限環境下での材料の量子力学的な振る舞いや、多体効果が材料物性に与える影響に関する知見が蓄積されます。これは、将来的に高温・常圧環境下でも量子効果を積極的に利用するような、革新的な材料設計指針の確立に繋がる可能性があります。

材料探索においては、経験や試行錯誤だけでなく、物理的な原理に基づいたアプローチが効率を高めます。量子相転移や量子臨界性の理解は、電子相関が強く働く物質系において、どのような制御パラメータが相転移を引き起こし、その近傍でどのような新しい秩序状態や超伝導状態が出現しうるのかを予測するための理論的な基盤となります。近年では、データ駆動型科学や機械学習の手法も、量子材料探索に応用され始めており、物理学的な知見と組み合わせることで、研究開発のスピードが加速することが期待されています。

最新の研究動向

量子相転移と非従来型超伝導の研究は、現在も物理学の最前線の一つです。最近の動向としては、以下のようなテーマが挙げられます。

これらの最新の研究は、量子相転移と超伝導に関する我々の理解をさらに深め、新しい物質科学の地平を切り拓く可能性を秘めています。

まとめ

本稿では、絶対零度近傍で量子揺らぎによって引き起こされる量子相転移が、非従来型超伝導を含む新しい物性状態の発現に深く関わっていることを解説しました。量子臨界点近傍で現れる非フェルミ液体的な振る舞いや量子臨界揺らぎは、超伝導ペアリングの「糊」となり、異方的な対称性を持つ非従来型超伝導を安定化させると考えられています。重い電子系化合物や鉄系超伝導体など、様々な物質系でこの関係性が実験的に確認されています。

これらの基礎物理学的な知見は、新しい超伝導材料や機能性材料を探索・設計する上で重要な示唆を与えます。量子臨界性を示す物質は、非フェルミ液体状態や非従来型超伝導といったユニークな物性を示す可能性を秘めており、次世代のテクノロジーに貢献する潜在力を持っています。今後、理論、実験、計算科学、そしてマテリアルズインフォマティクスなどが連携することで、量子相転移と超伝導に関する理解がさらに進み、革新的な材料開発へと繋がることが期待されます。

本稿が、相転移や超伝導に関心をお持ちの読者の皆様にとって、これらの現象の奥深さの一端に触れ、ご自身の研究活動への新たな示唆を得る一助となれば幸いです。