強相関電子系と超伝導:複雑な相互作用が拓く新しい材料物性
はじめに:強相関電子系と超伝導の接点
固体中の電子は、結晶格子からの周期的なポテンシャルを感じながら運動しています。多くの金属や半導体では、電子間の相互作用(クーロン相互作用など)は比較的弱く、個々の電子は平均場近似のもとで独立に運動するものとして扱える場合が多いです。このような系は「弱相関電子系」と呼ばれ、バンド理論によってその電子状態や物性がよく記述されます。
しかし、遷移金属酸化物や希土類化合物、有機導体といった特定の物質群では、電子間のクーロン相互作用が無視できないほど強くなります。このような系は「強相関電子系」と呼ばれ、従来のバンド理論では説明できない特異な電子状態や多彩な相転移現象を示します。超伝導もまた、このような強相関電子系において、従来のBCS理論の枠組みを超えた形で発現することがあります。銅酸化物高温超伝導体はその代表例であり、発見から長年経った現在もその超伝導メカニズムは活発な研究テーマです。
本記事では、強相関電子系における超伝導と相転移に焦点を当て、その基本的な物理から、材料科学的な視点での理解、そして応用への可能性について解説します。材料の研究開発に携わる皆様にとって、これらの現象が拓く新しい材料物性への理解を深め、自身の研究への示唆を得る一助となれば幸いです。
強相関電子系の基礎:電子相関と相転移
強相関電子系とは、電子の運動エネルギーと同程度か、それ以上に電子間のクーロン相互作用が支配的となる物質系を指します。特に、局在したd軌道やf軌道に電子が存在する物質で顕著に見られます。
バンド理論では、結晶中の電子は広がった波動関数を持ち、結晶全体を自由に動き回ると考えます。しかし、強いクーロン相互作用がある場合、電子は他の電子の存在を強く意識します。例えば、あるサイトに電子が存在すると、そのサイトに別の電子が入ってくることに対して強い斥力が働きます。これは「オンサイトクーロン相互作用(ハバードU)」としてモデル化されます。
この強い相互作用の結果、電子はバンド理論が予測する金属状態をとらず、絶縁体になることがあります。これを「モット絶縁体」と呼びます。典型的なバンド絶縁体は、バンドギャップによって電気を通しませんが、モット絶縁体はバンドが部分的に満たされているにも関わらず、電子間の強い斥力によって電子が動けなくなるために絶縁体となります。このモット絶縁体から金属状態への転移は、圧力やドーピング、温度などの外部パラメータによって引き起こされ、「モット転移」と呼ばれる代表的な相転移の一つです。
強相関系では、モット転移以外にも、電荷秩序相、スピン秩序相(反強磁性など)、軌道秩序相など、様々な秩序状態が出現し、それらの間で複雑な相転移が起こります。これらの相はしばしば近接しており、わずかなパラメータ変化によって異なる相へと容易に転移します。超伝導もまた、しばしばこれらの他の秩序相と競合あるいは共存して現れます。
強相関系における超伝導の発現メカニズム
従来のBCS理論では、超伝導はフォノン(格子振動)を介した電子間の引力によって電子対(クーパー対)が形成されることで説明されます。しかし、強相関電子系で観測される超伝導は、しばしばBCS理論の枠組みでは説明が難しい特徴を示します。例えば、超伝導転移温度(Tc)がBCS理論から予測されるよりもはるかに高い物質が存在すること(高温超伝導体)、あるいは超伝導ギャップが異方性を持つことなどが挙げられます。
強相関系における非従来型超伝導の発現メカニズムとしては、フォノン以外の媒介(メディエーター)による電子対形成が提唱されています。有力な候補としては、スピン揺らぎや電荷揺らぎといった電子間の相互作用に由来する励起モードが挙げられます。強いクーロン相互作用は、隣り合う電子のスピンや電荷分布に影響を与え、物質固有の揺らぎを生じさせます。この揺らぎが電子対を形成する「糊」の役割を果たすと考えられています。
代表的な強相関超伝導体である銅酸化物高温超伝導体では、反強磁性相の近傍で高いTcが出現することから、スピン揺らぎが超伝導のメディエーターであるという説が有力視されています。鉄系超伝導体では、スピン揺らぎに加えて軌道揺らぎやフォノンの寄与も議論されており、より複雑な様相を呈しています。これらの物質では、常伝導状態においても、「擬ギャップ」と呼ばれる異常な電子状態が出現するなど、電子相関に起因する特異な振る舞いが観測されています。
材料科学からのアプローチ:物性制御と材料設計
強相関電子系における超伝導研究は、材料科学と物性物理学が密接に連携して進められています。超伝導相は、温度、圧力、磁場、ドーピング、結晶構造、結晶歪みといった様々なパラメータに敏感に依存します。これらのパラメータを精密に制御することで、相図上の様々な領域を探査し、超伝導相の発現条件や他の相との競合・共存関係を明らかにすることができます。
特に材料科学の観点からは、以下のようなアプローチが重要となります。
- 元素置換(ドーピング)によるキャリア濃度や結晶構造の制御: 強相関系では、わずかな元素置換がキャリア濃度を大きく変化させ、モット転移や超伝導相の発現に決定的な影響を与えます。例えば、銅酸化物では親物質である絶縁体のLa2CuO4にSrをドーピングすることで正孔が導入され、高温超伝導が発現します。どの元素をどのようなサイトに置換するか、その量を精密に制御することが、超伝導特性を最適化する上で不可欠です。
- 結晶成長と薄膜作製: 高品質な単結晶やエピタキシャル薄膜を作製することは、物質本来の物性を正確に評価し、そのメカニズムを解明するために重要です。特に薄膜では、基板との格子不整合を利用した結晶歪み(Strain)の導入や、界面における電荷移動・軌道混成といった効果により、バルク物質とは異なる新しい相や物性を実現できる可能性があります。強相関系では、表面や界面における電子状態がバルクと大きく異なることも多く、人工的に作製したナノ構造やヘテロ界面における超伝導発現も活発に研究されています(例:酸化物超格子における界面超伝導)。
- 高圧合成と圧力下測定: 圧力を印加することで、結晶格子間隔を縮め、電子間の重なりや相互作用の度合いを変化させることができます。多くの強相関電子系において、圧力は相転移を引き起こす重要なパラメータです。高圧下での新しい物質合成や、圧力下での電気抵抗、磁化、比熱などの物性測定は、強相関系における相図を理解し、新しい超伝導物質を探索する上で強力な手段です。
- 微細構造制御と配向制御: 多結晶試料や薄膜において、結晶粒界、ドメイン構造、配向性などが超伝導特性(特に臨界電流密度など)に大きな影響を与えることがあります。材料プロセスの最適化により、これらの微細構造を制御することは、応用を目指す上で重要な課題となります。
応用可能性と最新の研究動向
強相関電子系超伝導体、特に高温超伝導体は、その高い超伝導転移温度から液体窒素温度(77 K)での動作が可能であり、冷却コストの大幅な削減が期待されます。このため、送電ケーブル、強力マグネット(MRI、核融合、リニアモーターカー)、電力貯蔵、高速デジタル回路など、幅広い分野での応用が検討されています。しかし、これらの材料はセラミックスであることが多く、脆い、加工が難しい、結晶粒界での電流パスが制限されやすいといった課題も存在します。材料開発における微細構造制御や高性能化に向けた研究が続けられています。
また、強相関系超伝導体は、その基礎物理的な興味から量子コンピューティングの分野でも注目されています。例えば、銅酸化物や鉄系超伝導体に見られる非従来型の超伝導ギャップ構造や、トポロジカルな性質を併せ持つ可能性のある物質は、量子ビットの実現や、エキゾチックな量子現象の探査に利用できるかもしれません。強相関系で発現する様々な相(スピン密度波、電荷密度波、軌道秩序など)を利用した新しい機能デバイスの研究も行われています。
最近の研究動向としては、新しい物質系の探索(例:ニッケル系超伝導体)、強相関系における超伝導メカニズムの統一的な理解、非平衡状態での超伝導発現や制御、機械学習を用いた超伝導材料探索といったテーマが挙げられます。計算科学の進展も著しく、強相関系における電子状態や物性を第一原理計算や数値計算シミュレーションを用いて予測・解析する試みも活発に行われています。
まとめと展望
強相関電子系における超伝導と相転移は、固体物理学における最も挑戦的で魅力的な研究テーマの一つです。電子間の強い相互作用に起因する多彩な相と、それらの間で起こる複雑な相転移は、従来の枠組みを超えた新しい物理現象の宝庫であり、超伝導もその例外ではありません。
銅酸化物や鉄系といった既存の強相関超伝導体におけるメカニズム解明と物性向上、そして新しい物質系の探索は、基礎研究と応用研究の両面から今後も精力的に続けられていくでしょう。材料科学からのアプローチ、すなわち精密な材料合成、組成・構造制御、外部パラメータ制御は、これらの研究を進める上で決定的な役割を果たします。
強相関電子系が持つ「複雑な相互作用から創発される新しい材料物性」という側面は、超伝導に限らず、熱電変換材料、触媒、センサー、情報機能材料など、他の機能性材料開発においても重要な示唆を与えてくれます。本記事が、読者の皆様が自身の専門分野と強相関電子系、そして超伝導との間に新しい関連性を見出し、今後の研究開発活動に活かしていくための一助となれば幸いです。