相転移と超伝導の世界

超伝導におけるクーパー対の対称性:基礎原理、材料系、物性評価への応用

Tags: 超伝導, 相転移, 材料物性, クーパー対, 対称性, 非従来型超伝導

はじめに:超伝導とクーパー対の対称性

超伝導は、特定の材料が絶対零度に近い低温で示す電気抵抗ゼロ、および内部からの磁場排除(マイスナー効果)という二つの特徴的な現象です。この現象の微視的な理解において、電子同士が引力を介してペアを形成し、ボーズ凝縮に似た状態を形成するという「クーパー対」の概念は不可欠です。1957年に提唱されたBCS理論(Bardeen-Cooper-Schrieffer理論)は、フォノンを媒介とした引力によって二つの電子が対(クーパー対)を形成し、全体として単一の量子状態を占めることで超伝導が発現することを明らかにしました。

BCS理論が予言した超伝導体では、クーパー対を形成する二つの電子はスピンが反平行(一重項)、軌道運動の角運動量がゼロ(s波)の状態をとります。これは、運動量ベクトル$\mathbf{k}$を持つ電子と$-\mathbf{k}$を持つ電子がペアを組むイメージです。しかし、その後の研究で、BCS理論では説明できない多様な超伝導体が発見されました。特に、銅酸化物高温超伝導体や重い電子系超伝導体、有機超伝導体などでは、クーパー対がs波とは異なる複雑な対称性を持つことが示唆されています。

クーパー対の対称性は、超伝導体の様々な物性、例えばエネルギーギャップの構造、熱伝導、超音波吸収、NMR緩和率、表面・界面効果などに劇的な影響を与えます。したがって、超伝導現象を深く理解し、新しい超伝導材料を設計・開発するためには、クーパー対の対称性を理解することが極めて重要になります。本稿では、クーパー対の対称性に関する基礎から、代表的な材料系、そしてその対称性を実験的に評価する手法、さらには材料開発や応用への示唆について解説します。

クーパー対の対称性の基礎

クーパー対は、二つの電子がペアを組んだボーズ粒子的な準粒子です。フェルミ粒子である電子がペアを組む際には、その全波動関数は二つの電子の入れ替えに対して反対称である必要があります。波動関数は通常、重心運動、相対運動、スピン、軌道の各部分に分解して考えることができます。クーパー対の対称性という文脈では、特に相対運動の軌道部分とスピン部分の対称性が重要になります。

スピン対称性

二つの電子のスピン$\mathbf{S}_1$と$\mathbf{S}_2$を合成した全スピン$\mathbf{S} = \mathbf{S}_1 + \mathbf{S}_2$は、0または1のいずれかをとります。 * スピン一重項 ($\mathbf{S}=0$): 二つの電子スピンが反平行$\uparrow\downarrow$の状態です。スピン波動関数は反対称となります。この場合、相対運動の波動関数は対称である必要があります。BCS理論におけるフォノン媒介超伝導体の多くはこのタイプです。 * スピン三重項 ($\mathbf{S}=1$): 二つの電子スピンが平行$\uparrow\uparrow$または$\downarrow\downarrow$、あるいは$\uparrow\downarrow+\downarrow\uparrow$の状態です。スピン波動関数は対称となります。この場合、相対運動の波動関数は反対称である必要があります。スピン三重項超伝導体は比較的稀であり、特定の材料系で発見されています(例:Sr$_2$RuO$_4$)。

軌道対称性

クーパー対の相対運動の軌道角運動量$L$に基づき、波動関数は分類されます。運動量空間におけるクーパー対の波動関数$\Delta(\mathbf{k})$の波数ベクトル$\mathbf{k}$に対する対称性で表現されることが一般的です。 * s波 ($L=0$): 運動量空間で等方的(波数ベクトルの向きによらない)な対称性です。波動関数$\Delta(\mathbf{k})$は$\mathbf{k}$に対して対称、すなわち$\Delta(-\mathbf{k}) = \Delta(\mathbf{k})$です。これはスピン一重項と組み合わされます。大部分の従来の超伝導体はs波超伝導体です。エネルギーギャップはフェルミ面上どこでもゼロになりません(フルギャップ)。 * p波 ($L=1$): 波動関数$\Delta(\mathbf{k})$は$\mathbf{k}$に対して反対称、$\Delta(-\mathbf{k}) = -\Delta(\mathbf{k})$です。これはスピン三重項と組み合わされます。例えば、Sr$2$RuO$_4$が候補とされています。ギャップがゼロになる方向(ノード)を持つ場合があります。 * d波 ($L=2$): 波動関数$\Delta(\mathbf{k})$は特定の方向に依存した対称性を持ちます。銅酸化物高温超伝導体では、$d{x^2-y^2}$波対称性が有力視されており、これは結晶軸に沿ってギャップがゼロになるノードを持ちます。これはスピン一重項と組み合わされます。 * f波 ($L=3$): さらに複雑な対称性を持ちます。一部の重い電子系超伝導体で候補とされています。

これらの対称性は、超伝導体のエネルギーギャップ関数$\Delta(\mathbf{k})$の波数空間における構造に反映されます。ギャップ関数が波数空間で常にゼロでない値を採る場合を「フルギャップ」、特定の方向でゼロになる場合を「ノードを持つギャップ」(ラインノード、ポイントノードなど)と呼びます。ギャップ構造は、超伝導状態での励起スペクトル、ひいては超伝導体の低エネルギー物性(比熱、熱伝導、NMR緩和率など)を決定づけます。

代表的な材料系とクーパー対対称性

材料の種類や電子状態、超伝導対形成メカニズムによって、実現されるクーパー対の対称性は異なります。

クーパー対対称性の実験的評価手法

クーパー対の対称性は、超伝導状態の様々なマクロ・ミクロな物性測定を通して間接的、あるいは直接的にプローブされます。特に、超伝導ギャップの波数空間における構造(ノードの有無やその位置)を調べることで、対称性に関する情報を得ることができます。

これらの実験手法を複数組み合わせることで、特定の超伝導材料におけるクーパー対の対称性について、より確度の高い結論を得ることが目指されます。

クーパー対対称性と材料物性・応用への示唆

クーパー対の対称性は、単に基礎物理学的な興味に留まらず、超伝導体の実用的な物性や新しい応用技術に深く関わっています。

まとめと今後の展望

超伝導におけるクーパー対の対称性は、単にBCS理論のs波に留まらず、スピン一重項・三重項、軌道角運動量(s, p, d, f波など)といった多様な形態をとりうることが明らかになっています。これらの多様な対称性は、材料の微視的な電子状態や対形成メカニズムに由来し、超伝導ギャップの構造や超伝導体の低エネルギー物性に大きな影響を与えます。

銅酸化物、鉄系、重い電子系、ストロンチウムルテネイト、強磁性超伝導体、そしてトポロジカル超伝導体など、様々な材料系で非従来型のクーパー対対称性が実現されており、それぞれの対称性はその物質固有の興味深い物性を生み出しています。比熱、熱伝導、NMR、ジョセフソン効果、STM/STSといった様々な実験手法が、これらの対称性を解き明かすための強力なツールとして用いられています。

クーパー対対称性に関する知見は、単なる基礎研究に留まらず、高い臨界電流密度を持つ超伝導線材の開発、新しい機能を持つ超伝導デバイスの創製、そして究極的には量子コンピューティングのような革新的な技術の実現に向けた材料設計において不可欠な要素となっています。今後も、新たな超伝導材料の発見や、既知物質における詳細な対称性の研究を通じて、クーパー対対称性と材料物性の関係性への理解がさらに深まり、超伝導科学・技術の発展に貢献していくことが期待されます。

参考文献

本稿は、超伝導におけるクーパー対対称性に関する一般的な理解に基づいています。より詳細な情報や特定の材料系に関する研究については、専門の学術論文やレビュー記事を参照されることを推奨いたします。